大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3870号 判決

原告 国

訴訟代理人 長野潔 外一名

被告 武智政衛 外三名

主文

被告らは原告に対し各自金六十万円およびこれに対する昭和三十年六月九日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、原告の求める裁判

主文と同趣旨の判決および仮執行の宣言

第二、被告らの求める裁判

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第三、原告の主張

一、別紙目録記載の喜久丸およびその属具(以下本件物件という。)はもと被告笹生の所有に属し、同被告は昭和二十四年二月十日これを被告白井に対し専ら鮮魚介類の運搬のために使用する目的で賃貸し、被告白井は爾来これを使用して鮮魚運搬の仕事に従事していた。

二、しかるに、被告白井はその後、訴外堀良光、八木秀二、堀正光、青木襄文、太田貞蔵、森田春平、杉本健一ら七名が免許を受けないで琉球から森田所有の桟帆船第一丸魚丸(総屯数五六、八二屯)に積載して分蜜白糖等の貨物を密輸入し同年五月二日、そのうちの一部を伊東市に揚陸するに際しその情を知りながら同市沖合初島近海でこれを第一丸魚丸から喜久丸に積み換え伊東市に揚陸し、もつて右堀良光らの犯罪行為を幇助したものとして、前記訴外人七名外三名(訴外池謙、森田関治郎、川村清一の三名で、この三名も堀良光らの犯罪行為を幇助したものとされたのである。)と共に検挙され、本件物件は同月五日名古屋税関大蔵事務官坂井利彦により伊東市で差押を受けた。しかして、名古屋税関長梅原俊雄は同日昭和二十五年法律第一一七号改正関税法(以下同じ)第九十条、第二項により被告武智に本件物件を保管させ、次いで同月十七日同被告をして、その保管中売買、譲渡、転貸をしないのは勿論、喜久丸に損傷、滅失等の事故を惹起した場合には損害賠償の責に任ずべきこと、被告北村をして、被告武智のこの債務について連帯保証をすべきことをそれぞれ約束させた。

三、被告武智はその後昭和二十六年十月十七日東京高等検察庁経済部長検事小泉輝三朗から、本件物件につきその原型を変更するような改造及び転貸をしないこと、使用中に消耗又は破損した部分を補てん又は修理すること、要求に応じてただちに返還することならびに使用者の責に帰すべき理由により破損したときは修理又は弁償することを条件として本件物件を鮮魚運搬のため伊東市、千葉県および愛知県の間の航行に使用しても差支えない旨の許可を受け、被告白井をして本件物件を使用し鮮魚運搬等の仕事をさせていたのであるが、同被告は昭和二十七年五月頃本件物件を被告笹生に引き渡し、同被告はその後これを訴外佐久間竹松に使用させ、次いで同年九月二日同人に代金六十万円で売却し、且つその引渡を完了した。

四、さて、前記十一名の関税法違反容疑者はこれより先いずれも前述の容疑事実につき静岡地方裁判所に起訴されたが同裁判所は昭和二十六年五月十四日その全員を有罪とし、且つ本件物件は犯罪の用に供した船で犯人の占有するものであるとの理由で関税法第八十三条第一項を適用して川村清一以外の被告人に対する関係でこれを没収する旨の判決の言渡をした。

この判決に対しては被告人全員が控訴の申立をし、東京高等裁判所は昭和二十七年二月二十七日控訴棄却の判決の云渡をしたが、堀良光、堀正光、八木秀二、青木襄文、太田貞蔵および池謙はこの判決に対して上告の申立をせず、従つてこの六名に対する関係では刑事訴訟法第四百十四条、第三百七十三条により同年三月十二日の満了とともに没収の判決が確定し、これに基き原告は本件物件の所有権を取得した。

仮に以上六名に対する没収の判決が確定しても、川村清一を除く刑事被告人十名に対する没収の判決がすべて確定するのでなければ本件物件の所有権は原告に帰属しないとしても原告は前記高等裁判所の判決の言渡があつたことに基き川村清一を除く刑事被告人十名に対する没収の判決がすべて確定することを停止条件として本件物件の所有権を取得すべき条件付権利を有するに至つた。(なお、森田春平、杉本健一、森田関治郎および被告白井は東京高等裁判所の判決に対して上告の申立をしたが昭和二十九年三月十七日最高裁判所で上告棄却の決定があり同人らはこの決定に対し訂正の申立をしなかつたので、右四名に対する関係では同年三月二十七日の満了とともに裁判の確定を見たのである。)

五、佐久間が被告笹生から本件物件を買受け、且つその引渡を受けたものであることは第三項記載のとおりであるが、その際佐久間は、本件物件が前項記載の経緯により原告の所有に帰属したものであること、仮にそうでないとしてもこれについて原告が条件付権利を有していることを知らず、本件物件は被告笹生の所有に属し何らの負担もついていないものであると信じていたのである。しかして、佐久間がかく信じたについて同人には過失はなかつたのであるから、佐久間はその買受により民法第百九十二条の規定に基き本件物件の所有権を取得し、その結果、被告武智が本件物件を原告に返還することは不能になり、又一方原告は本件物件の所有権、仮にそうでないとしても条件付権利(以下「原告の権利」という場合にはこの二つの権利を含むものとする。)を失うに至つたものである。

六、ところで原告がかように本件物件の返還を受けることができなくなつたのは名古屋税関長から本件物件の保管を託された被告武智が善良なる管理者の注意義務を怠り、これを被告白井の自由にさせておいたことによるものであるから、被告武智は名古屋税関庁との前記約束により原告が本件物件の返還を受けることができなくなつたことにより受けた損害を賠償すべき義務があり、又被告北村は同武智の連帯保証人としてこの損害賠償の責に任ずべきである。

七、被告白井および同笹生はいずれも本件物件が第四項記載のとおりの経緯により原告の権利に属するに至つたことを知りながら、被告白井は同笹生と通謀して本件物件を同被告に引き渡し、同被告は本件物件を佐久間に売却し、もつて不法に原告の権利の喪失を招来せしめたものであるから原告に対し連帯して右権利の喪失により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

八、ところで前述のように本件物件が佐久間の所有となり被告武智および北村の債務不履行、被告白井および笹生の不法行為が発生した当時の本件物件の価格は少くとも金六十万円を下らなかつたこと(このことは佐久間のこれが買入価格が金六十万円であつたことからしても明白である。)のであり、従つて原告が被告らの債務不履行又は不法行為によつて受けた損害は少くとも金六十万円を下らないのである。

九、なお、被告笹生の行為についての不法行為の主張がいれられないとしても、同被告は本件物件が第四項記載のとおりの経緯により原告の権利に属するに至つたことを知りながら、これを法律上の原因がないのに佐久間に代金六十万円で売却し(原告はこの売却により第五項記載のように本件物件に対する権利を失つた。)もつて原告の財産により金六十万円の利益を受けたものであるから、利息を附してこれを原告に返還すべき義務がある。

十、以上の次第で被告らに対し各自金六十万円の損害を賠償し、又は被告笹生に対し金六十万円の不当利得を返還し且つこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十年六月九日からその賠償又は返還のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めるものである。

第四、被告武智、北村、白井の三名の主張

一、原告主張の第五項および第八項の事実は否認するがその余の原告主張の事実は認める。

二、佐久間は被告笹生から本件物件を買い受け且つその引渡を受けた際原告主張の第四項のとおりの経緯により本件物件が原告の権利に帰したことを知つていたのであるから原告は佐久間に対して本件物件の引渡を求めることができるのでありこの点に関する原告の主張は失当である。

三、税関吏が本件物件を差押えた当時名古屋税関吏のした評価によると本件物件の価格は約金二十五万円であり、又昭和三十年二月高等検察庁検察事務官のした再調査によると本件物件の最低評価額は金十万円である。従つて本件物件の価格は原告主張の額よりも遙かに低いものである。

第五、被告笹生の主張

原告主張の第一、二項の事実は認める。

同第三項の事実についてはそのうち被告武智が同白井に本件物件を使用きせていたことは知らない。被告笹生が同白井から本件一物件の引渡を受けこれを昭和二十七年秋頃佐久間に売却し且つその引渡を完了したことおよび東京高等検察庁経済部長検事小泉輝三郎から原告主張のとおりの許可があつたことは認めるがその余は否認する。

同第四、五項の事実は認める。

同第六ないし第九項の事実は否認する。

第六、証拠〈省略〉

理由

第一、被告武智、北村、白井の三名に対する請求について

一、原告主張の第一ないし第四項の事実は当事者間に争がなくそしてこの事実によると本件物件についての没収の判決のうち堀良光、堀正光、八木秀二、青木襄文、太田貞蔵および池謙に対する部分は刑事訴訟法第四百十四条第三百七十三条により昭和二十七年三月十二日の満了とともに確定したことになる。ところで数名の者を共同被告人とする刑事訴訟手続において数名の被告人に対する関係で没収の判決があつた場合には没収物の所有権はそのうちの一部の者に対する判決の確定だけで直ちに国に移転するものであるから本件物件は昭和二十七年三月十二日限り原告の所有に帰属し、その結果被告笹生は本件物件の所有権を失うに至つたのである。

二、さて、本件物件、がこれよりも先昭和二十四年五月五日税関吏によつて差し押えられ、次いで名古屋税関長から被告武智に保管を委託され、同被告がこれを被告白井に使用せしめたこと(被告白井はこれによつて本件物件の占有補助者たる地位に立つに至つたものというべきである。)および被告白井が昭和二十七年五月頃本件物件を被告笹生に引き渡し更に被告笹生が同年九月二日これを佐久間竹松に売却してその引渡を完了したことは当事者間に争がなく又証人峰元澄平および根岸勝弥の各証言ならびに被告笹生および訴取下前の被告佐久間各本人尋問の結果によると佐久間が昭和二十七年春頃被告笹生から本件物件を借り受けたときから同被告からこれを買受けその引渡を受けるときまでの間佐久間およびその使用人はいずれも、本件物件が前記の経緯により原告の所有に帰したものであることは勿論、本件物件について税関吏の差押があつたことも全然知らず、昭和二十七年十二月頃に至り漸く本件物件について税関吏の差押および没収の判決の言渡があつたことを知るに至つたのであつて、それまでは本件物件は被告笹生の所有に属するものであり且つこれについて何らの負担もついていないものと信じていたことおよび佐久間は本件物件の買受に際しその使用人に一応船体の点検をさせたがその際船体には本件物件が被告笹生の完全な所有に属するものであることにつき疑問を抱かしめるような徴表はなにも見当らなかつたことが認められ、被告白井本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は信用できず、ほかにこの認定を動かしうる証拠はない。してみると佐久間は本件物件を買い受け且つその引渡を受けた際善意無過失であつたというべく従つて同人は民法第百九十二条の規定に基き本件物件の所有権を取得しその結果被告武智が本件物件を原告に返還することは不能となり、又一方原告は本件物件の所有権を失うに至つたものといわなければならない。

三、次に被告武智が昭和二十四年五月十七日同被告に本件物件の保管を委託した名古屋税関長に対し滅失等の事故が生じた場合にはその損害賠償の責に任ずることを約束したことは当事者に争がないが、さすれば同被告は善良な管理者の注意をもつて本件物件を保管し名古屋税関長によつて代表される原告に損害を与えないようにする義務を負うべきであるから前記の経緯により本件物件が被告笹生の手許に帰りそれから更に佐久間に売却され、その結果原告が本件物件の所有権を失つたことについては被告武智は契約上の義務違反すなわち債務不履行の責を免れることはできず、そのことによつて原告の受けた損害を賠償すべき義務を有するものといわなければならない。

四、次に被告北村が名古屋税関長との間で原告主張のような連帯保証の約束をしたことは当事者間に争がないから同被告が被告武智の連帯保証人として右損害賠償の責に任ずべきことは論をまたないところである。

五、最後に被告白井が本件物件は前記の経緯により原告の所有に帰したものであることを知りながら、被告笹生と通謀して本件物件を同被告に引き渡したことは当事者間に争がないが、先に認定したように本件物件が遂に佐久間の所有に帰しその結果原告がその所有権を失うに至つたのは被告白井の右行為と相当因果関係にあるものであるから同被告は原告に対し原告が本件物件の所有権を失つたことにより受けた損害を賠償すべき不法行為上の義務がある。

六、ところで物の所有者がその物の保管者からその返還を受けることができなくなつたときおよびその物の所有権を失つたときには、その物の価格と同額の損害を受けるものであるが当事者間に争のない「佐久間が本件物件を六十万円で買い受けた」事実から推すと本件物件は当時金六十万円の価格を有していたものであることが認められ被告武智、白井、笹生の三名各本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は信用できずほかにこの認定を左右するに足る証拠はないから原告は本件物件の返還を受けることができなくなつたことおよびその所有権を失つたことにより金六十万円の損害を受けたものというべきである。

七、よつて被告武智北村白井の三名は各自原告に対し金六十万円の損害を賠償し、且つこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十年六月九日からその賠償のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二、被告笹生に対する請求について

一、原告主張の第一、二項および第四項の事実は当事者間に争がなくそしてこの事実によると本件物件が昭和二十七年三月十二日限り原告の所有に帰属したものと認められることは先に説明したとおりである。

しかして本件物件がこれよりも先昭和二十四年五月五日税関吏によつて差し押えられ、次いで名古屋税関長から被告武智に保管を委託されたものであることは当事者間に争がなく又被告武智、白井、笹生の三名各本人尋問の結果によると被告武智が本件物件を被告白井に使用せしめもつて同被告がその占有補助者たる地位にあつたことが認められ、次に被告笹生が被告白井から本件物件の引渡を受けた昭和二十七年秋頃これを佐久間に売却してその引渡を完了したことは当事者間に争がない。

二、そして佐久間は本件物件を買い受けその引渡を受けた際、本件物件が前記の経緯により原告の所有に帰したものであることを知らず、本件物件は被告笹生の所有に属し何らの負担もついてはいないものであると信じていたことおよび佐久間がかく信じたについて同人に過失はなかつたことは当事者間に争がないのであるから、佐久間は本件物件を買い受け且つその引渡を受けたことにより民法第百九十二条の規定に基き本件物件の所有権を取得し、その結果原告はその所有権を失うに至つたものといわなければならない。

三、原告は被告笹生が右売却の当時本件物件が前記の経緯により原告の所有に帰していたことを知つていたと主張するけれども同被告がかような認識を抱いていたことを認めるに足る証拠はない。しかし、被告白井本人尋問の結果によると、被告笹生は被告白井から本件物件の引渡を受けた際同被告からの話により本件物件について没収の判決があつたことを知つていたことが認められ、被告笹生本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は信用し難くほかにこの認定をくつがえすに足る証拠はない。

ところで、第一審判決は結局そのとおり確定することが多いのであるから、右判決がその後先に認定したように確定し本件物件が原告の所有に帰属したことは被告笹生が相当の注意を払つたとすればこれを知りえたはずである。故に同被告がこれを知らなかつたのは過失に基くものというべきであり結局同被告は本件物件を佑久間に売却したことによつて原告が受けた損害の発生につき過失の責に任じなければならない。

四、そこで原告が本件物件の所有権を失つたことにより受けた損害の額の点であるが原告の存在および成立に争のない甲第七号証、証人峰元澄平、根岸勝弥の各証言ならびに被告笹生および訴取下前の被告佐久間本人尋問の結果によると佐久間は本件物件を代金六十万円で買い受けた事実が認められるから当裁判所はこの事実から推して本件物件は当時金六十万円の価格を有していたものと認定する。そして被告武智、白井、笹生の三名各本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分の信用できないことは先に指摘したとおりであるがほかに右認定を左右するに足る証拠はないから原告は本件物件の所有権を失つたことにより金六十万円の損害を受けたものというべきである。

五、よつて被告笹生は原告に対して金六十万円の損害を賠償し、且つこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十年六月九日からその賠償のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う不法行為上の義務を負つていることが明白である。

第三、結び

以上の次第で被告四名に対する原告の請求はすべて正当であるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 古関敏正 山本卓)

目録〈省略〉

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